バイスペイシアル感覚

以前の物理学月間で公開した波動関数とヒルベルト空間の関係図をこっちにも載せておくね。数式とか記号が添えてあって、ちょっと難しく見えるかもしれないけど、表現していることはすごく単純な内容です。
 
みんな素粒子と聞くとすごい難しいものだという先入観があるよね。まずはその先入観を取ろう。ヌーソロジーの空間認識では素粒子は全く難しいものじゃない。いつも言ってるように、人間が宇宙を幅認識でしか見れなくなっているもんだから、奥行き側の空間が「素粒子」という呼び名で複雑に数式化されてしまっているだけなんだよね。奥行きで空間を見始めれば、ほんとにシンプルなものに見えてくる。ここに載せている図は、奥行きの空間で見ると一体素粒子はどのように見えるのか、というイメージ図だと思うといいよ。
 
この図が意味するところからいうと、素粒子は対象(物体)を構成する大本の粒子というよりも、むしろ、人間に対象の認識を可能にさせている持続空間(奥行き空間)のことと言ったほうがいい。その構造が幅支配の意識空間の中で無限小世界の中に観察されているという仕組みになっているんだね。
 
要は、奥行き支配の意識空間から見ると、素粒子というのは僕らの知覚野の空間と同じものということなんだよね。知覚空間は移動によって対象を取り囲むことができ、いかにも物質の外部にあるように見えているよね。でも、それは幅でしか空間を認識していないから。本当は知覚空間は知覚されている物質の内部に入り込んでいて、物質の根底に位置してるの。
 
奥行きの空間は、幅の空間の中ではミクロに入り込む。目の前には物体の外部と内部の空間が二つ重なり合っている―この空間の二重感覚のことを最近、僕自身は「バイスペイシアル(bi-spacial)」感覚と呼んでいる。気に入ってるぜい(笑)
 
こうした空間感覚が生まれてくるとね、量子力学が謎としていた様々な問題についても簡単に回答できるようになる。たとえば「フレーム問題」と言われているヤツ。
 
みんなもよく聞くと思うけど、量子力学においては観測を行うことによって、量子系の状態が基底ベクトルで記述される状態のひとつに遷移し、そこでの状態関数の崩壊によって粒子が観測されるという仕組みがあるのね。でも、どうして観測が量子系をある一つの基底ベクトルへと遷移させるのかその理由が全く分からないんだよね。これをフレーム問題と呼んでる。
 
この問題が観測行為の自己言及(見ることを見る)にあるのではないかと考える学者さんたちもいるんだけど、その自己言及の仕組み自体がよく分からないわけだね。
 
この図から観測者の局所的位置に対する観測行為自体が状態ベクトルの遷移を引き起こし、その観察行為自体がその観測に応じた基底ベクトルを選んでいるということが分かるんじゃなかろうか。
 
量子系を構成しているヒルベルト空間というのは、結局のところ、自分の周りの空間が反転してミクロの中に見えている空間だと思うといいと思うよ。今までも何度も言ってきた「観点の球面化が起こっている空間」のこと。その中心は非局所(どこでもここ、いつでもいま)になっている。講演の中ではこの球体を「記憶のたま」と呼んだ。これはほとんど自己の魂のようなものだね。
 
ここからは物理をかじってる人向けの話だけど、この「記憶のたま」の回転の方はシュレデインガー方程式の時間発展のU(1)回転を表現している。観測者の周囲側に開いた空間の方は無数の固有関数Φnを時間に沿って振動させている電磁場。こちらもU(1)回転を持つけど、このU(1)はシュレディンガー場のU(1)に対しては反転しているのが分かる。
 
この構造を自己と他者を考慮して、双対の複素ヒルベルト空間で表現したものがヌースコンストラクション(下図)。
 
このカタチが見えてきて、はじめて僕たちは古神道でいうムスビ(産霊)の何かが分かってくると思うよ。OCOT情報はこのカタチを霊魂とは呼ばず「覚醒球」と呼ぶんだけどね。こういうところがクールでいい(笑)。

複素ヒルベルト空間
ヌースコンストラクション