宇宙的視座から国会議員を選ぶとすれば

大雑把に言うと、主体と客体それぞれの場の関係は持続空間と時間・空間の関係に置き換えることができます。時間・空間は自他という二つの持続空間が同一化することにより出現してきています。同一化は一種の結びです。この同一化にあたって互いの結び目として形作られていくのが物質です。
 
この同一化のときに生じる結び目の物理学的表現が陽子と中性子だと考えるといいと思います。電子はこの結びの運動を逆転させようとするところに生まれている共振場のようなものです。電気的に陽子は+、中性子は0、電子は-ですが、これは中性子が陽子の持った方向性を相殺し、そこから電子が新しい方向性を作ろうと働いているからです。
 
OCOT情報では「陽子とは愛」とされますが、これは過去に達成された愛を意味していて、過去に達成された愛は人間の世界に対しては同一性としての力を供給してきます。人間が外在世界を「一」として感じ、内在世界を「多」として感じているのは、この過去に達成された愛から内在世界が逃れようとしているからです。
 
過去に達成された愛としての同一性は時間や言語として出現してきています。その意味で言えば、時間と言語は客観的意識の芯のようなものです。その力を無化しようとして働いているのが中性子で、その意味で中性子は「こころ」と言っていいものになります。
 
「こころ」はその意味で新しい愛を作るための方向性として存在しているものと考えるといいと思います。「中性子とは感性、感性とは中性」とOCOT情報は言います。この中性の方向に新しい愛を作り出そうとして働いているのが電子で、この電子は「人間の意識の定質」と呼ばれます。無意識の主体のことです。
 
原子はこの無意識の主体である電子が陽子や中性子に対して意識的になるとき生まれてきます。つまり、人間の無意識の主体が自分自身の意識の世界に意識を向け、それに対して意志的な存在になるときに形成されてくるということです。宗教的に言うなら、魂が霊へと脱皮するときの境位です。これをヌーソロジーでは「顕在化」と呼んでいます。
 
原子の世界には同位体というものが存在しています。この同位体は中性子が方向を見誤ったところに生まれているものです。転倒が起きているということですね。同位体には人間が感性の力を他者側の感性に委ねている状態が投影されています。もっとも、転倒を宿命づけられているのが「人間」という存在なので、同位体とは原子における人間の表現ということになります。
 
OCOT情報は放射能というのはこの同位体の働きを消すための精神における調整が生み出していると言います。「放射能自体は悪いものではない」とOCOTがいういうのもそういう理由からです。人間における世界の在り方自体が宇宙からすればもともとバランスを欠いているので、そのバランスを復元しようとする結果だと言うのです。
 
スピノザの有名な言葉に「何ゆえに人間は隷属するために戦うのか。まるでそれが救いであるかのように」というのがありますが、この言葉は同位体として働く人間の意識の特性を端的に象徴しているような気がします。
 
こうした宇宙的視座から国会議員を選ぶのもたまにはいいのではないでしょうか。彼は古い愛に支配され、同位体にまみれているか。それとも、同位体から逃れ、新しい愛の方向に人々を誘おうとしているか―僕だったら何の迷いもなく、後者のタイプに投票しますね。