精神科医・S博士とのメモワール

先月、東京でのヌースレクチャーを終えた後、久々に精神科医のS博士のクリニックを尋ねた。場所は有楽町。S博士のクリニックは「患者が決めた!いい病院 2007年度版」で第3位に選出されている。いわば、売れっ子の優良な精神科医だ。
 
実はこのS博士とはもうかれこれ30年来の付き合いになる。最近は講演なんかでも少し話し始めたが、1985年、僕は突然、超常的な体験に巻き込まれた。オリオンのNOMIという存在から突如としてチャネリングが始まったのだ。今まで出した本では1989年のOCOT体験をヌーソロジーの出自としていたのだが、実は、そこにはOCOT前夜の物語というのがあって、その主役がこのNOMI(ノミ)とS博士だった。
 
NOMIの情報はOCOTのそれに比べると、はるかに分かりやすい情報だった。そして、分かりやすいがゆえに僕はその情報に魅せられ、一気に引き込まれて行った。NOMIは、それこそスウェーデンボルグの『霊界日記』のように、死後の世界や、天国や地獄、さらには生物進化がどのようにして起こってきたのかなど、人間の無意識の底に眠っている超越的な世界へと僕を案内してくれた。そして、最後にNOMI自身が神と呼ぶ存在に対面させられた。それは圧倒される存在だったが、僕にはそれが神のようには感じられなかった。それで僕は「お前は神じゃない」と言い放った。結果、僕は井の頭の池の中に引きずり込まれ、意識を失った。
 
意識が戻ったとき、僕は井の頭公園駅の横にある小さな広場で大の字になって「オレは神だぁ〜」とかなんとか大声で叫んでいた。すでに発狂していたのだ。それから起こったいろいろな出来事は残念ながらここには書けない。とにかく、僕はやってきた機動隊に取り押さえられ、そのまま装甲車で護送され、三鷹のH病院へと強制入院させられた。当時、そこに筑波からインターンとして勤務していたのがS博士だった。
 
担当医がS博士で本当に幸運だったと思っている。普通の精神科医だったら、僕は今でも病院の中だろう。S博士は変わり種の精神科医で、東大の哲学科を卒業したあとに筑波大の医学部へと進まれている。哲学科では比較宗教学を学び、あの中沢新一氏と同級生だったらしい。そうした経歴があったからだろうか、S博士は僕を普通の分裂症患者とは見なさなかった。実際、不思議なことに僕自身入院後は全く正常な意識に戻っていたのだ。定期的に行われるS博士とのカウンセリングでは、僕が体験した異世界の話を巡って哲学的な会話が延々と続いた。S博士は僕の体験に多いに関心を示し、僕を病院から出させるために奔走してくれた。しかし、病院側にとっては僕は機動隊に護送されてやってきたのだから、歴代NO.1と言ってもいいくらいの最重度の患者だった。そう簡単に退院が許可されるはずがない。しかし、S博士の熱心な病院側への説得によって僕は1ケ月あまりで病院から出ることができた。
 
精神病院の中の風景は、昔、映画で見ていた『カッコーの巣の上で』とほとんど同じように見えた。受験ノイローゼの高校生や、仕事で大きなミスをやらかしたエリートサラリーマン、高校の教員をやっていた中年男性など、いろいろな人たちがいた。世間では精神病患者というと、すぐに凶暴な患者像を思い浮かべるかもしれないが、事実は全く違う。彼らは皆、心優しき人物ばかりだ。むしろ、繊細すぎたゆえに社会という枠組みから脱落せざるを得なかった愛すべき隣人たちと言っていい部分もある。社会が持った一方的な価値観の押しつけが不幸にも彼らのような存在を生み出している。僕は病棟の中で、そのことを肌で感じ取った。
 
僕の経験から言って、精神病院という場所は患者の治療を行う場ではなかった。それはあくまでも隔離目的のための施設だった。毎日毎日、拒否しても強力な向精神薬を飲まされる。それは薬という名はついてはいるものの、逆に狂気を安定させるための物質と言っていいものだった。思考する力は奪われ、口は半開き状態になり、目の焦点も定まらない。自然とよだれが垂れ、精神病患者の形(なり)が自然と出来上がる。正常な人でも3日間も入って入れば患者と化してしまうだろう。正常に戻っていた僕は、薬を飲んだふりをしては、そのたびにトイレで吐き捨てていた。
 
S博士とは退院したあとも親交が続いた。博士は僕の体験に超心理学的側面から関心を持ち続け、博多にも取材のために何回か訪れている。僕が会社を立ち上げて数年後、博士からヌースエネルギーのサプリを作らないかという申し出があった。自分が臨床して大変効果が上がった新しい素材があり、その素材をヌースのエネルギーで処理したら他にはない精神効用のサプリメントができるのではないか、という提案だった。僕はこの話にすぐに乗った。ヌースのエネルギーが精神の不具合で悩んでいる人たちに役立つのなら、それにこしたことはない。これは自分なりの現在の精神医療に対するレジスタンスでもあった。2001年にそれは製品化され、おかげさまで今でも多くのユーザーから好評を得ている。
 
結果、S博士はまたも僕を助けてくれたことになる。考えてみれば、この製品が生まれたおかげで僕の生活の基盤ができ、ヌーソロジーの活動を続けることができている。S博士がいなかったら、たぶん、今の僕もヌーソロジーも存在してはいないだろう。彼は僕の人生における最大の恩人と言っていい。出来れば、S博士と本を書いてみたい。精神科医とその元患者との共著。これぞ、正真正銘の『アンチオイディプス』ではないか——。
 
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