シュタイナーの宇宙史は創造者側の時間で記述されている

まだ漠然とした感覚なのだけど、シュタイナーの地球における「土星期・太陽期・月期・地球期」という転生の順番だけど、これって進化を進めている意識にとっての順番であって、いかなる進化も持たない現在の人間からすれば逆転させて見なくてはいけないのでは?霊的時間の進行は物質的時間とは逆。

そう解釈すると、OCOT情報とかなり重なり合ってくる。土星紀→位置の相殺によって精神の位置が無と化している時期。太陽紀→精神の位置を見出す時期。月紀→再び精神の位置が見えなくなったものに精神の方向を与える位置が働く時期。地球期→精神を相殺に持っていく位置=自我の本性。

このように解釈すると、OCOT情報が伝えている「タカヒマラにおける8つの太陽系次元」というものがシュタイナーのいう宇宙史と重なり合ってくる。ただし、時間の尺度は大きく違っているけどね。。

OCOT情報は熱的エントロピーを人間の意識が持った方向性と言う。それは人間の意識が一切の生成を欠いているという意味だ。だから、高次元から見ればそこには原初の火があり深い昏睡状態しか見られない。土も水も空気(生成力という意味での)もないのである。

ここで人間は世界を幾何学的空間としてしか把握できていない。空間に線を引き、そこに3次元性をベースとして無の時間(エントロピーと同意)を表象している。それは正4面体を基礎形象とする鉱物体のようなものだ。正4面体とは人間が抱く時空概念のイデアのようなものである。

重要なことは世界の成り立ちを表象で見てはいけないということ、生成の力動が生み出す観念の場のカタチとして捉えること。高次元(存在側)から見た火、土、風、水とは、表象(存在者側)としてのそれでは全くないということ。

現在の人間の意識状態を土星紀と解釈すれば、到来する覚醒期が太陽紀にあたる。覚醒はまずは窒素や酸素の生成に着手する。「土星」の熱実質が空気・気体状態へと濃縮させられていくのだ。そして、光を顕在化させ、マグネシウムまでの元素を生成し植物の核を用意する。つまりエーテル体を注入する。

といったように、ヌーソロジーのビジョンといろいろと辻褄が合ってくるという次第。霊的な生成の時間と、わたしたちの物質的時間を決して混同してはならない。シュタイナーの説く宇宙史が荒唐無稽なものに見えるのは、われわれが物質的時間でその歴史を読み解こうとしているからだ。われわれの位置はおそらく未だ土星紀である。