地球空間への接続

350pxearthapollo17 ここのところ、絶対的前後と絶対的左右が認識について果たす役割について考えているのだが、左右や前後が身体を基準とした方向である限り、これは発生的に大地=地球と決して無関係なものではないと感じている。この身体にとっての前後や左右という絶対不動のディレクションを、地球自体が持った月や太陽、その他の諸天体に対する方向や定位と何とか納得のいくロジックで結びつけられないものだろうか。これがヌースの現在の課題である。

 「シリウス革命」でも書いたように、ヌース的文脈では地球外部の太陽系空間は地表の空間とは全く次元を異にしている。つまり、3次元空間とは見なされない。その理由は地球中心が地球外部の時空を統括している位置と見なされるからだ。地球中心は人間全体が同時に、かつ同等に対象化できる「点」である。僕らが常に地表を「前」として、つまり、下を向いて地表を歩行するならば、その歩行はすべて地球中心を中心とした回転運動となり、そのすべての「前」は地球中心で一致する。つまり、地球中心とは地球表面に棲息している全人類の前を一点に集約することのできる奇跡的な「点」となるのだ。このことは地球を陽子と解釈するヌースの思考と無関係ではない。というのも、あらゆる人間の「前」の集合がψ7の意味だからである。

 OCOT情報では、地球の地軸方向が人間全体の前後に相当すると伝えてきている。地軸と磁軸のズレに関してはまだ原因は分からないのだが、表相の対化が磁極のNとSに対応することを考えれば、ψ1-2はつまるところψ*7-ψ*8の凝縮化として現れてくる部分でもあるので、磁場がHopf写像としてS^2を底空間とするS^1の方向を持っていることもそれなりに辻褄は合ってくる。三次元球面S^3の認識は僕らの前後認識にある変化を与えることによって可能になるだろう。それについては新著に詳しく書くつもりだ。

 さて、もし、地軸がψ7を形成するための等化運動の現れだとするならば、個体の前と後ろの関係は、ψ5とψ6の関係と同じにになり、これは結局のところ地球上の昼半球と夜半球の関係とホモロジカルな関係を持つことになる。できすぎた話だが、ヌースの文脈ではそうである。結局のところフレミングの法則が示す、磁場(ψ1〜2)、電場(ψ3〜ψ4)、力の三つの直交方向は、地球の自転軸と地球の太陽に対する公転軌道と、月の公転という三つの回転運動と密接な関係を持っているのかもしれない。

 余談ながら付け加えておくと、絶対的上下は、ヌース的思考のもとでは、思形と感性の潜在的な等化運動に関係している。つまり、定質の対化だ。これは神智学的に言えば、メンタル体(左右)とアトストラル体(前後)の活動のバランス調整を果たしていく精神が持った力の方向性のことである。分かりやすく言えば、個体意識の理性的側面と感性的側面の統合活動だ。ヌース的文脈では人間の自我形成はこの次元で行われる。その意味では、個体意思の力の方向の次元と言っていい。近代自我を働かせている精神作用である。

 人類全体の上下方向が、地球表面を挟んで地球の内部中心への方向と地球外部の方向へ、それぞれ求心的、遠心的に、収束、拡散する方向であることはすぐに察しがつくはずだ。近代自我の形成と、地球を一つの球体と見なす視座の確立は、当然のことながら無関係ではない。地球を外部から見下ろすNASA的視座とは、実のところ宇宙的視座というよりも、徹底した個体の視座である。近代自我にはこうした巨人の目が付着している。問題はこの目をどのようにして潰すかである。