3月 16 2005
機械少年よさらば
先々週、体調を崩して以来、久々にヌース的頭に復帰。ヌース理論会議室でのΦさんの質問
http://noos.ne.jp/forum3/c-board.cgi?cmd=one;no=3170;id=noos
に答えるために久々に数学関連の本をペラペラとめくってみる。だいたい数学の本を読むのは2時間が限界。特に群論とか微分幾何学とか難しい内容になると何度目を通しても頭にスムーズに入ってこない。ヌース理論を学ぶためには精緻な数学的知識が必要だと思っている人が多いが、わたし自身、数学的知識はあまりある方ではない。結果、ほとんどベソをかきそうになりながら専門書とにらめっこ、ということになる。負けんぞ〜。
ヌース理論と最も関係の深い数学分野はおそらく群論だろう。しかし、この群論というやつ、行列とベクトルの基礎知識がないと、おいそれと理解が進む代物ではない。運が悪いことに、わたしたちの年代は行列というものを習っていない。教育課程にはそんなもの存在していなかったのだ。だから、ヌースの会議室で、群に関する話題が出てきたときには、暇を見てはこうして自分で専門書片手にシコシコとやるしかないのである。もし、ヌースなどやっていなければ、こんな本とは一生縁がなかったろう。泣きながらラッキー、と叫びながら、今日も2時間の格闘が続く。
しかし、素人ながらに、数学の世界というのは知れば知るほど面白い。単に数の体系に抽象的、観念的な美を感じるというよりは、これはほとんど霊の学問体系ではないかと思えてくるからだ。えー、こんなことまで分かっていいの〜!わぁおぅ、ほんまかいなぁ〜!やばくない、これ?の連発で、ときに霊的体験に似た感覚が味わえる。何でこうした知識が心理学や哲学に生かされていないのか不思議でたまらない。特に群論という分野は空間と意識の関係を解明するためのみに与えられた創造者からの贈り物のように思えて仕方ないのだが。。。数学者たちは一体何をやってるのか。どうして、数学を意識の学問として確立する試みに着手しないのか。トポロジーとは呼んで字のごとくトポス(場所性)の学ではないか。とにかく、いつの日かヌース理論のアイデアを何とか彼らに理解してもらいたいものだ。そうすれば、数学という学問自体にグノーシス的反転のベクトルが芽生え、機械好きな少年は恋するセクシーな若者のイメージへと変貌していくはず。数学を真のイデアの学問へと変身させること。理系の諸君、よろしく頼んまっせ。
3月 17 2005
たまにはトンデモ。
昼すぎ、昨日届いたEXPACK(小包)を開く。関西のSさんという方からだ。中を見てみるとA4版の書類が250枚ほどファイリングされている。同封されている手紙には、今度、自費出版をする際にシリウス革命からかなりの引用をさせていただいたので、ぜひ、御許可をいただきたいと、丁寧に書き添えてあった。許可も何も、悪用するのでなければ「無断転載を命ず。」というのがヌースの精神ですから、どんどんやって下さい。はい。
原稿の内容をパラパラとめぐって見てみると、どうやら現在の日本人の起源について書かれている本のようである。わたしはこの方面の知識に疎い(疎いということはあまり関心を持っていないということでもあるが)ので、よく分からないのだが、どうやら古代日本に渡来してきたと言われている謎の民族集団、秦氏に関する記述のようだ。秦氏が大量に日本に渡ってきたのは、新羅が百済を攻めたときで、百済からの難民の中に秦氏が多く混じっていたということらしい。当時、日本での彼らはウズマサ(太秦)と呼ばれていたらしいが、様々な知識に長けていたので朝廷の要職についていた者が多かったという。その後、朝廷での覇権争いに敗れた秦氏の血脈は日本の歴史の暗黒面に回る。彼らの存在は徹底して表舞台から抹殺され、闇に葬られる、云々〜というものである。まぁ、ここまではそれなりの歴史話だが、この秦氏が、もともとの出自がイスラエル周辺の民族であるというところで、話ががぜん面白くなってくる。太秦はタイシンであり、これは元来、ローマ帝国を表わす中国名だ。つまり、古代日本にユダヤ人が云々〜という例の有名な物語につながるというわけだ。………それにしても、日本人はなぜにこうもユダヤ人を気にするのか。。不思議だぁ。
OCOT情報でも、日本民族とユダヤ民族というのは関係が深い。まぁ、この手の話は完全にトンデモとして聞いてほしいが、わたしも取り立てて関心があるわけではないので、無関心を装って何気に言っておこう(笑)。
その関係はというとねぇ〜………、えーと、えーと、えーと、………どうした、コウセン。ごめん、なかなか言えねぇーぞ、これ(笑)。えーと、えーと、七回の次元の交替化全体における核質と現在の次元の核質なのだ!言っちゃった!!うげっ。ひくなよ、みんな。
ヌース理論をご存知でない方は、わけ分からん蔵だと思うので、一応、翻訳しておくと、これは、地球上でもっとも旧い民族と最も新しい民族の関係ということになる。宇宙は輪廻(進化)の度に、その反映として新たな人種、民族をその次元の〈性質〉として送り出す。その最初のものが日本人で、最後のものがユダヤ人だというわけである。核質とは人間を作り出すための最も重要な力のことをいうが、これは物質概念のことだ。現代人が抱いている物質概念は古代風に言えば「もののけ」に当たる。ものに取り憑いた「け」だ。この「け」は「核」質と呼ばれるだけあって、宇宙で最も高貴なものと低俗なものとを同居させている。始まりと終わりの間を結ぶ、宇宙論的男と宇宙論的女。。その意味でユダヤ人と日本人は相性がいいのかもしれない。しかし、どっちが男?どっちが女?
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 4 • Tags: ユダヤ