3月 13 2017
AI(人工知能)よりもIA(自己証明の通路)を!!
コンピュータにとっての電子とは、人間にとっての魂のようなものだね。コンセントを抜くとコンピュータは死ぬ。魂が抜けると人間も死ぬ。生きているのは電子であり魂。で、この電子と魂が同じものだとしたら、という話になるんだけどね(笑)
AIとかいって世間は騒いでいるけど、人間が作るべきものはAIではなくIA。逆なんだよ。IAというのはIdentity-Aislesという僕の造語。自己証明の通路。それが真の電子だよ。意識魂。
意識魂というのはカント風に言うなら統覚の力。君が君でいることを支えている本源力。OCOTのいう「人間の意識の定質」というやつだね。
誰も自分が電子だなんて思っちゃいない。仕方ないよね。それも受動的感性の為せるわざ。幅の空間に支配されて物質と精神が切り離されている意識にはそれが見えなくさせられているだけ。
ただの物質なんてものは世界には存在していないんだよ。もし、そういう感覚が君に残っているのなら、君は幅が操っている催眠術をまともに食らっている。
いいかい、世界の中で君が動いているんじゃなくて、君の中で世界が動いている。そっちの方がリアルだろ。そして、そうした不動の君という存在が物質の根底に根付いている。この沈み込み(ツィムツーム)の感覚を開かないと。
いずれ、多くの人たちがこの沈み込みの世界で出会うことになると思う。そこに本当の原子核の世界があるんだね。そこで展開しているのが真の協働性というものだよ。その協働性を下敷きにして幅の社会というものを変形していかないといけない。それが本来、あるべき未来。垂直性の中に見える未来。
※画像はhttps://futurism.comよりお借りしました。
5月 2 2017
BABYMETALファンのオチさんとの対話
BABYMETALのファン仲間にオチさんという方がいる。先日、Twitterで次のようなつぶやきをしてくれた。(以下、「オ」で記します)
オ : この動画が切欠でヌーソロジーの底の深さを覚えた。「認識し得ない何かがある。」と確信を持った。人の意識には認識する構造がある。
この動画がアヌビス(キツネ様)の円というのも惹きつけられる。
O氏の回転機械を客観空間で見た映像
………………………
この動画に鋭く反応する人はヌーソロジーに向いていると思う。というのも、ヌーソロジーというのは空間知覚を変えていく方法論を説いているものでもあるので、空間に対する感受性が何よりも重要視されるからだ。
僕はフォロワーの人たちも意識して、彼にこう返した。
コ : 反転認識を引っ張り出すためには極めて重要な知覚実験ですね。ヌース的思考に慣れていない人は、この動画を何度も見て、空間がどのように構成されているかしっかり考えてみるといいと思います。
すぐにオチさんから、返事が返ってくる。
オ : ありがとうございます。この動画、数え切れない程見ています。今も見ては思考を繰り返しています。これがイデアのカタチを捉える入り口?だと思っています。
鋭い。この動画を見て、これがイデアのカタチを捉える入り口だと感じる人はそう多くはないだろう。そこで、僕はイデア認識にとってもう一つヒントとなる言葉を出した。
コ : はい、ヌーソロジーの文脈ではそうですね。3次元空間上の様々な位置を一点で統一して絶対的中心を見い出すためのトレーニングのようなものになっています。
オ : ありがとうございます!
様々な位置を一点で統一して絶対的中心・・・。
何か掴めそうな感じがします!
オチさんの中でもぞもぞと蠢いている裏返りへの欲動がこちらにも伝わってくる。昔の僕も同じ状態だった。
―なぜ、缶が回って見えるのか。
―一体、この空間は何なのか。
その意味が明確につかめたのはゼロ年代に入ってからだった。
自分から広がっているように感じる空間が一つの中心に見えてしまう空間。。。そのとき、90年代にやりとりしたOCOT情報の中に頻出していた一つのシリウス言語の意味がハッキリと分かった。
コ : 一人の人間から広がっているように見える空間とは何なのですか」
オ : 垂質です。
「垂質」・・・その記憶が蘇り、すぐさま、このやりとりをツイートに載せた。
すると、オチさんは次のように返してきた。
オ : 垂質って、このお話の事でしょうか?
真の奥行きの意味を簡単な図で示しておこう。ここに描かれた方向は今は「時間」ということにされている。それが原点を局所的なものにしている。この方向が持続軸へと変態を起こしたとき、原点は非局所となり、外的中心を持った空間が姿を表す。
………………………
僕の歩んだ思考と同じ琴線に触れている。すぐに僕もツイートを返した。
K : そうですよ。
垂質・・・まさに世界に対して垂直な方向性にある力のこと
オチさんのような方が現れてくるたびに、ヌーソロジーというものが共通了解が可能な概念体系になってきていることを実感する。また、共通了解が取れるたびに、概念自体が力強いものになっていくのを皮膚感覚として感じる。概念は多くの人たちとの共有によってこそ、概念と成りえていくのだ。
これ以上の喜びは今の僕にはない。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 1 • Tags: OCOT情報, イデア