2月 28 2019
NCアニメーションと「次元」
アニマンダラの天海ヒロ氏がTwitterでNCアニメーションを紹介してくれていたので、自分でも久々に見て感動しました(笑)
NCアニメーションというのは、以前ヌースレクチャーで使用したNC(ヌースコンストラクション)の解説に用いたアニメーションで、天海ヒロ氏に制作を依頼したものものです。
バックのマシンの駆動音っぽい音楽はチームラボなんかでも活躍している高橋英明氏に了承をいただいて使わせていただいています。
このNCアニメーションは、時間と空間の世界を贈与として受け取っている意識が、いかにして時間と空間を贈与する側の意識の方へと反転していくか、その道行きを素粒子構造を参考にして表現しています。
この道行きは作られたものの世界(時空)から作るものの世界側への反転のルートと言っていいものです。ハイデガーのいう「性起」ですね。
このルートが見えてくることによって意識は主客一致の位相へと入り、物質というものが人間の内在性の活動の射影だということが理解できてきます。
このアニメーションの画面下の解説に出てくる「点球」「垂子」「垂質」「球精神」という言葉はすべてヌース用語です。意味は以下のとおり。
点球……対象の内部空間
垂子……対象の周囲空間
垂質……自己の周囲空間
球精神……自他の周囲空間
これらがヌーソロジーの次元概念のベースになります。
3月 1 2019
四次元の花嫁
僕らは常に世界を対象として見るだけで、対象化している自分を世界の中に置こうとしない。
そうした眼差しは硬い。それが理性の眼差しだ。
眼差しはほんとは世界に溶け込んでいる。
世界について思いを馳せるときは自分を特権化せず、世界に溶け込んだ眼差しの中で世界となって考えないといけない。
世界を対象として見なすなら、僕ら一人一人は世界から疎外された孤独な独身者となってしまう。
そういう場所では、独身者は妄想と欲望の中に生きるしかない。
何を叫んでも、たとえ愛の歌を美しく歌い上げたとしても、その声は誰にも届かない。
そのような場所には運命の人などいないのだ。
「見る」という視線が対象化から逃れ、柔らかな眼差しとなって対象世界に溶け込んでいくとき、独身者は花嫁を見出す。
性愛の本来とはそういうものだろう。
そこで、一瞬は永遠と出会い、ここはかしこと出会い、外部と内部の境界が消え去っていく。
―花嫁は4次元にいると言ったのはデュシャンだったか。
少年ナルシスの傍で、今日も何も喋らずそっと寄り添うエコー。
神話ではナルシスはエコーの想いに気づくことなく命を絶ったけど、君の中では、ナルシスはエコーの想いに気づくことができているだろうか。
世界を対象化して紡ぎ出される言葉はもうほどほどでいいのではないか。
そんな言葉が人間の歴史の中でうずたかく積もっては、花嫁の姿を完全に見えなくさせている。
花嫁は最初から目の前にいるんだよ。
そして、いつも、君の眼差しに触れられることを待っている。
※下写真
《彼女の独身者によって裸にされた花嫁、さえも》
M・デュシャン
By kohsen • 01_ヌーソロジー, 08_文化・芸術 • 0