10月 20 2017
存在の光学
すべての物質的存在に対して、それらが自分自身の血管や神経のように感じ取れる知性を作り出さなくてはいけない。それが霊的知性というものだ。物質とは圧縮された持続だ。その真の姿を経験したいならば、自分自身の精神を収縮(ツィムツーム)させるしかない。奥行きの思考だけが、それを可能にする。
奥行きの思考の要領が分からないのなら、少しだけ教えてあげよう。奥行きにおいて外部にあると感じられるものは、実は、幅においてはすべて内部にある。それが宇宙が仕掛けたトリックだ。それが分かってくれば、少しは存在の光学というものが見えてくるはずだ。
太古の人々は、この秘密を知っていた。誰もがそれを常識的に感じて取っていた。
だけど、紀元前数千年前に、このルートに蓋がされた。
でも、今、再度、その蓋が開きつつある。
この光学を知れば、君にも物質と精神の連続性が直観できてくる。そして、この連続性の中で、自己は初めて他者と出会うことができる。
確かに、最初はかぼそい感覚だけど、それを大事に伝えてさえ行けば、それは世代を経るごとに強靭な感覚となって、やがては世界を全く違った場所へと運んでいく。
すべては繋がっている。だから、安心していい。
※写真は
https://hitfilm.com/forum/discussion/42800/star-wars-lightspeed
からお借りしました。
1月 24 2018
今日のヌース用語 【重心】
【重心(じゅうしん)】
ヌーソロジーにおける「神」の定義。変換の総体を作り出していくもの。重心は変換の中点として振る舞う。人間の意識に形質を与える力のこと。核質の中和と反核質の中和を併せ持つもの。自他の皮膚の触れ合いの位置にある。
重心・・・象徴的に言うなら、十字架(キアスム)における交点のようなものなのだろう。十字架の力が完全にバランスを取ったとき、重心は第五の力を発振する。それは「負荷」と呼ばれている。グノーシスにいう「発出(エマネーション)」のようなものだろうか。
こうした発出が父からのみなされるのか、それとも子からもなされるのか——それがキリスト教最大の神学問題とされたフィリオクエ問題だった。父のみとしたのが東方教会、父と子双方からとしたのが西方教会。この対立によってキリスト教は東西に分裂したと言われている。
ここで語られている父と子の関係は上にあるOCOT情報のいう反核質と核質の関係に近い。すなわち、すべてを中和させたものと、すべてが中和させられたものの関係。ともに重なり合うようにして働いている。
となれば、ヌーソロジーは西方側(カトリック神学的)とも言えるね。もちろん、肉体を持つという意味において、人間全員をキリストと見なすところが違うけどね。
「重心は人間の意識に形質を与える力」とあるけど、ここでいう形質がシュタイナーのいうエーテル空間のことだと思うといいよ。カバラ神学がツィムツーム(収縮)と呼ぶもののこと。
これは、ヌーソロジーでいうところの「時空のスピノルへの相転移」を意味してる。幅と奥行きの関係が入れ替わるってことだね。それによって、外部(付帯質の外面)から内部(付帯質の内面)への人間の意識の反転が起こっちゃう。
90度ずれていた鏡(視線〔奥行き〕が左右や上下方向から介入しているために、自己と他者を対立関係に見ているということ)が元の正常な位置に戻るということだね。
重心の始動によって、世界が否定的な「対立」から、肯定的な「対化」へと、成長していきますように。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0 • Tags: OCOT情報, カバラ, シュタイナー, ツィムツーム, ヌース用語