9月 19 2014
SFノベル『Beyond 2013』(1) ―やがて、それはやってくる―
ヌースアカデメイアの古いデータを整理していたら、昔書いたSFノベルのテキストが出てきた。タイトルは「Beyond 2013」。テキストの保存日は2002年6月18日となっているから、ほぼ12年前のことになる。懐かしかったのでちょっと読んでみたのだが、コレがなかなか面白くて、ついつい最後まで読み切ってしまった。
このSFノベルは未来のヌースアカデメイアの研究員であるADHH2659なる人物が、21世紀初頭のインターネット回線の中にアクセスしてくるところから始まる。かなりベタな手法だし、随分と手前ミソなところもあってむっちゃ気恥ずかしいのだが、中身はタイトだし、軸も現在とぶれていないようので、イントロの部分だけでも皆さんにも紹介しておこうと思う。まぁ、若気の至りということで。
【Beyond 2013】
●ADHH2659〜イントロダクション
・やがて、それはやってくる
わたしはNOA主任研究員ADHH2659だ。今、CET23を通じて21世紀初頭のインターネット回線網にアクセスしている。こちらは西暦2XXX年、場所はオリオン座リゲル付近のセイランメムという恒星だ。何分にもファーストキアスム以前の文書記録で対処しているので、正確にアクセスできているかどうかが分からない。無事にこのメッセージが届いていることを祈る。
おそらくそれはもうまもなくだ。201X年の秋、日本のある銀行で、サーバー上の顧客データがすべて消失するという事件が起こる。この事件は、最初は、新聞の三面記事の扱いぐらいにしかならなかった。しかし、その後、類似の事件が続発し、2ケ月後には、今度は、ある原子力発電所で、冷却水管理システムの故障が臨界状態を起こすという事故が発生する。原因は、やはり、安全制御システム内部の水量調整データの消失によるものだった。政府はこの事件をきっかけに、一連のデータ消滅事件を第一級災害に指定し、至急、対策本部を設置したが、原因が一向につかめないまま、同種の事件による被害はさらに拡大していった。
しかし、日本で起こったこの事件も、その後起こる一連の出来事に比べれば、まだほんの序曲にすぎなかった。
その翌年、アジアや、アメリカ、ヨーロッパなどでも同じような事件が頻発し始める。アメリカのNSA(国家安全保障局)をはじめとする各国諜報機関は、各分野の専門家を集め、このナゾの事件の原因究明に国際的な調査委員会を組織化することになった。
世界各国のメディアがこのニュースを取り上げ、世界中が騒然としている中、空の上でも専門家たちが首をかしげる異様な事件が起こり始める。
まずは、東京大学宇宙線研究所が、太陽の異常な黒点活動に伴う、観測史上、最大級のプロミネンスを発見。続けざまに、アメリカのブルックヘブン国立研究所からは、太陽ニュートリノの劇的な増大が報告された。続いて、日本のスーパーカミオカンデはこのニュートリノが反ニュートリノであることを発表。NASAからは、この大量の反ニュートリノが同時に夥しい量の陽電子をも対発生させ、その両者によって引き起こされる対消滅が、未知の振動数領域を持つ高エネルギーのγ線を大量に発生させている――と報じた。このγ線はφ-γ線と名付けられる。
これら、太陽で起こり始めた異常事態が、一連の原発事故の原因であることを最初に指摘したのは、某半導体メーカーの研究所だった。φ-γ線がアルミニウムとケイ素原子に顕著な物性変化を与え、シリコン素子内部のジャンクション温度を急激に上昇させていたのだ。
新しいタイプの電磁波がコンピューターを破壊する――このニュースが世界中に流れても、尚、多くの人々は、黒点運動に起因するこの異変が一過的なものにすぎないとたかをくくっていた。なぜなら、20世紀末から起こり始めた地球温暖化やオゾン層破壊などで、すでに環境の異常は人々にとって当たり前のことだったし、太陽などという天体レベルで起こっていることが、直接、自分達の世代に大きな被害を与えることなどあり得ないと考えていたからだ。
しかし、φ-γ線によるデータ破壊地域が、南中点通過に沿って明確な輪郭を表し始めたとき、人々は、この異変が今までのものとは全く異なる性質のものであることに気がついた。なぜなら、その明からさまな規則性は、自然の冷酷さを認識させるに十分だったからだ。
想像してみたまえ。ルーペを通した光線が紙片を焼き切っていくように、地上のコンピュータチップが地球の自転とともに真昼の太陽光によって焼き切られていく様を………人々はここにきて始めて、存在の根底で何かただならぬ出来事が起こっいることを自覚したのだ。この後、黄道は「デスロード」と呼ばれはじめる。
続く
9月 22 2014
SFノベル『Beyond 2013』(2) ―消滅する太陽―
当時、地球上に存在していたコンピュータのデータ総量がどれほどのものだったのか、詳しい記録は残っていない。ただ、21世紀の始まりの10年間で、人類の知的財産のそのほとんどがデータベース化されていたようだ。ならば、このデスロードの徘徊は、人類史の葬送をも意味していたことになる。
太陽はあたかもそれらのエネルギーを食料とするかのように、再大規模のフレアーを発生させては、地球上に大量のφ-γ線を放出しつづけた。そして、ある時点から、本当の悪夢が始まった。太陽黒点が異常な勢いで膨張し始めたのである。
このため、それから3年後には、太陽の輝度は30%ほど減少し、洪水、地震、干ばつ、暴風雨など、およそ、想像できるすべての自然災害が立続けに、それも最大規模で世界各地を来襲した。もちろん、全世界は混乱状態に陥る。飢饉や疫病がいたるところで発生し、さらには、原因不明の皮膚病が流行し、それに冒されて死んでいく人々が後を絶たなくなった。世界中の科学者たちは懸命に対策を練ったが、もはや技術がかなうような相手ではないことは誰の目にも明らかだった。結局、最初のデータ消失事件から10年後には、地球上のほとんどのコンピュータは使用不能になり、世界人口は2/3に激減した。
もし、この事件が20世紀中に起こっていたならば、人類は確実に破局を迎えていたことだろう。しかし、この21世紀前半に起こった異変は何から何までが、過去のものとは違っていた。人々の反応もその例外ではない。
身内や知人が死んでいく中で、多くの人間たちは極めて冷静だったのである。いや、それどころか、彼らは、迫り来る死の声を聞くことによって、逆に、生の充実感さえ取り戻していた。
NOAの記録によれば、大規模な戦闘は一つとして起こらなかったとある。各国の権力者たちが国家主義や民族主義に基づく戦争のスローガンを打ち出しても、下級兵士や国民はそれを拒否し、戦いに応じなかった。世界の至る所で「NO MORE WAR」のプラカードが舞った。
もっとも天空が黙示録的な異変を起こしている真っ最中に、地上的な戦いに意味を見出せる者など、誰がいよう。さらには、すでにほとんどの武器が電子制御化されていたことも幸いしたかもしれない。兵器に装備されていた電子機器はそのほとんどが使用不能。新たな武器の製造も工場の生産方式がすべてコンピュータ管理によって行われていたため、戦闘機や弾道ロケットなどの大量殺戮兵器は生産不能に陥っていたのだ。
もちろん、食料を求めた暴動や騒乱は多発した。しかし、これらの小規模な戦闘は、民間で組織された自衛共同体とNGOが協力し合い、小火器類を用いて沈静化させた。これ以降、誰もが国家という存在の無意味さを感じ取り、世界中の政治体制は大きく変わった。それから数年後には、世界は20世紀半ばの経済規模を雛形に、フロー型の調整経済に移行することになる。フロー型の調整経済とは、人間の経済活動をも生態系の中に組み込んで自然の生産体制を試算する経済体制のことである。現在の地球惑星評議会はこのときの経済体制がもとになって設立されたものだ。いわゆるGEU(地球連合政府)の誕生である。
しかし、年々、光を失っていく太陽の衰弱だけは、誰にも止めることはできなかった。世界中の教会や寺院の鐘が鳴り響く中、黒点領域は、やがて太陽の全表面を覆い尽くすまでに成長し、結果的にすべての光を失った。そのとき、世界中の誰もが世界の終末を、そして、人類の終焉を覚悟した………。そして、そのときである。そのとき、それはやってきた。
神の奇跡とも呼ぶべき出来事。人類の思惟を遥かに超えた何ものかの意志の徴。伝説の中で語り継がれててきた、あの運命の日が………。当時の人々にとっては、それは、到底、信じられない光景だったに違いない。
続く
By kohsen • 10_その他 • 0