9月 24 2014
SFノベル『Beyond 2013』(3) ―別のものの輝き―
20XX年X月X日。それはヒアデス星団で起こったとされている。太陽の消滅と時を同じくして、凍てついたような星空の中に新しい光の閃光が現れたのだ。超新星爆発である。
君たちの恒星に対する知識からすれば、この「時を同じくして」という形容は無意味に聞こえるだろう。おそらく、君たちの多くが、恒星を地球から遠く離れた彼方の存在だと見ていようし、そこから発せられる煌めきもまた遥かな過去の光と考えているに違いない。しかし、このヒアデス星団で起こる爆発から、君たちの天文学は大きく進路変更を余儀無くされることだろう。なぜなら、この爆発を皮切りに、その後、宇宙の姿が大きく様変わりしてしまうからだ。
ヒアデス星団における最初の爆発から、数日後には、今度は白鳥座のデネブ付近で二つ目の超新星が誕生する。それからは、もう、連鎖反応とも言っていいぐらいだった。全天に輝く星々がわれも続けと言わんばかりに、次々に超新星へと変貌していった。統計によれば、その平均のインターバルはわずか数時間程度だったとある。
もちろん、多くの人は、太陽の消滅に始まるこれらの星の爆発が、宇宙の終焉を意味する現象ではないかと考えた。しかし、不思議なことに、恒星爆発が起こり始めてからというもの、それまで猛威をふるった異常気象は影を潜め、理想的な気候条件が地球上を覆ったのだ。
太陽の光がないところでも植物は育った。そして、雨も降れば、風も吹く。ここで、科学の常識は一気に崩れ去る。長い間、信じられてきた摂理、すなわち、太陽が生命や自然を支えている母体であるという定説は、ごく表面的な理解にすぎなかったのだ。自然の奥底には、何か、全く別な生命原理が働いている――人々がそう考え出すのに、そう時間はかからなかった。
その後、月日がたち、大気にも不思議な変化が起こり始めた。その変化は山岳地帯から始まったが、大気を構成する分子の一つ一つが、淡い薄紫色に輝き始めたのである。科学者たちは、それが窒素と酸素の原子核が変化した結果であることをすぐに突き止めた。その内容は、核子中の中性子の質量がわずかながら減少し、その欠損分がφ-γ線として放出されているというものだった。
この変化は、現在では、「変換共鳴効果」と呼ばれている現象だ。この効果によって、自然の様々なところで新しい変化が起きはじめる。その第一のものはなんと言っても、DNAの構造変化だろう。変換共鳴がもたらす窒素-酸素の物性変化は、細胞レベルにもダイレクトに影響し、テロメラーゼという酵素を分泌し始めた。これが何を意味するか、君たちにも分かるはずだ――不死の細胞が出現してきたのだ。
今や人間のみならず、すべての動物、植物から病が存在しなくなった。それどころか、老化現象さえ止まった種までも出てきている。NOAの調査では、あと数年ほどで、人間にも不死が訪れるのではないかということだ。
一方、天空の方だが、現在でも、超新星誕生のペースは衰えてはいない。恒星の度重なる爆発によって、その数は、ゆうに10万は超えていることだろう。今や天空は黄金を溶かし込んだ海洋のように、その一面が金色に輝いているのだ。星の爆発による衝撃波は天空に金色の波紋を描き出し、それらが、幾重にも重なり合い、言い知れぬ美しさを持った複雑な紋様を描き出す。
君たちに想像できるだろうか。黄金色に輝く空、うす紫色に煌めく大気、そして、消えていく「死」。お見せできないのが残念だが、世界はすでにかつての仏教者たちが語った常寂光土のイメージそのものとなっているのだ。
このヒアデス星団の超新星爆発に始まる地球を襲う大変化こそが、わたしたちが「ファーストキアスム」と呼んでいる出来事である。
続く
9月 25 2014
SFノベル『Beyond 2013』(4) ―CET、およびファーストキアスム―
ファーストキアスム、すなわち第一次次元交差………、この言葉の意味するところは、まだ、君たちの誰にも分かるまい。この、存在の奇跡、超越者の恩寵とも呼べる出来事を20世紀に生まれた人間の一体、誰が予測し得ただろうか。わずかに残存しているキリスト教徒は、この出来事こそがイエスの再臨だったのだと訴え続けてはいるが、今や宗教は、その役割を完全に終えた。なぜなら、創造の秘密も、そして、人間存在の神秘も、このファーストキアスムによって、ほぼその全容が解き明かされたからだ。わたしがこうして君たちに交信を送っている理由は、このファーストキアスムが起こった原因自体に、君たちが大きく関与することになるからにほかならない。
ファーストキアスム以前の時代の出来事については、残念ながら、その詳細は分からない。記録には草創期のNOA内に設けられた小さな学術研究所から人類初のCET(セト)が開発されたとだけある。
CETとは、コンセプチュアル-エクイップメント-テクネー/Conceptual-Equipment-Techneの略称だ。もちろん、この愛称は古代エジプトの蛇神SETの名をひっかけたものである。つまり、本当の蛇と蛇もどきがいたということになろうか………。
諸君の文明は今やデジタル・テクノロジーの絶頂期を極めているはずだが、この力は無限の虚無を背後に持っている。CETはデジタル・デバイスとは全く正反対の原理によって作動するVRシステムだと考えてもらえばよい。つまり、君たちが現実と呼んでいる三次元性の空間を仮想世界と見て、それらを作り出したプログラム側、つまり、世界をつくり出している生成空間側に操作を加える技術なのだ。当時、多くの人々がコンビュータ技術を追い求める中で、唯一、NOAだけがCETの基本コンセプトの確立に懸命に取り組んでいた。
CETのプログラミングは、まずはゲシュタルト認知の改変から着手されたと記されてある。この改変は、人間のイメージ図式、特に認知意味論者が「容器図式」と呼んだ三次元的な知覚認識を解体させ、より高次のゲシュタルトを獲得することによって可能となる。
NOAのメンバーたちは、このゲシュタルト構築が物質の本質、つまり、光子や電子の存在と深い関わりを持っていることを看破していた。つまり、物質の基底には人間の空間認識の在り方を限界づけているある幾何学性が存在しており、このアプリオリな幾何学性を人間自身が認識していないことのズレこそが、様々な素粒子の存在理由であることを突止めたのである。これはまさに偉大な発見だった。このことは、言い換えれば、人間が始めて物質自体の認識に到達したことに等しい。言うなれば、見られているものと見ているものとの真実の結接点、ならびに、そこから発展、発達を見る、自我、他者などの存在論的なカテゴリーの構成を一つの幾何構造として発見したわけだ。
このことによって、人間の思考力そのものが、素粒子にアクセスすることが可能となった。そして、そこから、物質にダイレクトな変性を与える技術の可能性が生まれた。 この変性技術は、君たちが錬金術と呼んでいた古代の霊的変容術に類似したものと思ってよい。精神の変容を通じて、物質を変成させたと言われているあの秘教的テクノロジーだ。錬金術と言っても、現在の君たちには、非科学的な迷信の類いにしか聞こえないだろうが、しかし、その原理は、君たちが想像しているより、はるかに論理的なものである。
CETは超古代においては極めて一般化した技術だった。否、というよりも、CETによって超古代の文明は支えられていたと言っても過言ではない。ピラミッドなどの巨石建築物は、そのほとんどがCETを用いて建造されているし、また、シュメールやエジプト、インド、マヤなどの古代文明は、このCETを通じて時空を超えた相互コミュニケーションを成功させていたぐらいなのだ。
CETは21世紀以降の人類に突然変異的な変化をもたらした。しかし、その代償と言ってはなんだが、同時に、多くのもの消失させたのも事実である。その第一のものは、何と言っても当時の先端科学技術であった。デジタル技術を基盤においていた、21世紀初頭には未来を担うであろうと目されていた巨大技術、すなわち、宇宙技術、原子力技術、ゲノム解読、クローン技術、ナノテクノロジーなどは、そのすべては短期間のうちに廃品同然と化した。
CETの基本原理は先ほども触れたように、潜在的電磁場、すなわち、5次元ポテンシャルエルギー場の位相反転にある。この反転は量子場全体を連結させている直交変換システムの性質を、そのままドミノ倒しのように連続的に反転させてしまう。結局、この反転への変化傾向が電子に影響を与え、20世紀末から栄華を誇ったデジタル技術を短期間のうちに全滅させたのだ。先ほど紹介したφ-γ線の発生、太陽の核融合停止、そして超新星爆発といった天体現象にも、このCETが大きく関わっている。
君たちにはまだ理解してはもらえまいが、人類の集合意識は水素とヘリウムの存在意味に直結している。つまり、人類の意識の働きはこれらの元素を通じてダイレクトに宇宙空間の全領域とコミュニケートしているのだ。
ファーストキアスムとは、ある意味で、人間がこの水素とヘリウムをバイパスとして、真実の物質性の中にエミュレートしていくことを意味する。つまり、水素とヘリウムこそが真の生成世界へのスターゲートと呼べるものなのだ。このゲートへの人間の意識の参入によって、原-宇宙は新たな局面を迎える。
続く
By kohsen • 10_その他 • 0