10月 16 2024
物の内部への侵入とは
物自体の世界は「物の内部」に息づいている。人間の意識は表象でしか世界を捉えることができないので、この「物の内部」に侵入することができない。物の内部へと認識が侵入するためには、表象から逃れて、物の内部の空間というものを発見する必要があるわけだ。
現代宇宙論でも示唆され始めているように、物の内部(内部空間)は時空から見れば高次の射影空間になっている。この射影の実質を、ヌーソロジーは私たちが知覚の現場として経験している「奥行き」と考える。数学的にはこの最も基礎的な部分は虚時間itとしての4次元に対応している。
つまり、「奥行き」は射影のもとにミクロに収縮しているということだ。一方、客観空間としての時空の方は延長として弛緩している。この対比は、ベルクソン=ドゥルーズの物質論が示唆している文脈でもあるのだが、ヌーソロジーもそこは同じ考え方をしている。
問題は「奥行き」が持ったこの高次の空間構造を私たちがどのようにして看取して行くことができるのか、その方法論にある。ヌーソロジーでは、その地図作成が現在、現代物理学によって行われていると考える。
たとえ、量子重力理論や超弦理論のような万物の統合理論が完成を見ようとも、その先に「次量子力学系」なるものが存在している。
それは、人間の知性による物の内部への侵入である。能動知性(ヌース)はそのような物質知の手続きを通して、人間の歴史の中に出現してくる。そのときに、まさに人間の歴史も終止符を打つのである。
10月 17 2024
ヌーソロジーの素粒子解釈によく出てくる「超越論的無意識」とは?
意識について考えるときは、受動的な意識と能動的な意識というように、二種類の意識を想定して考えることが重要です。
能動的意識とは超越論的な意識のことで、受動的意識を働かせている側の意識のことで、通常、この働きは無意識化しています。
例えば目の前にあるリンゴを私たちが認識しているとき、その認識は受動的意識の働きによるものと考えましょう。
そのようにリンゴを認識サセテイルモノが背後にいて、それが無意識としてメタな次元で働いているわけです。
能動的意識が活動していなければ、当然、受動的意識も作動しない——そう考えるわけですね。
こうした能動的意識のことを、超越論的無意識と呼んでいると思ってください。要は「意識サセテイル意識」のことです。
⚫︎能動的意識は持続側で働いている
幅(延長的時空)ベースで構成されている意識はすべて受動的意識です。物質認識などの対象意識はその典型です。
能動的な意識は奥行き(持続)ベースでしか捉えることができません。というのも、意識サセテイルモノ側の働きは持続の中で活動しているからです。
⚫︎素粒子とは時空に射影された私たちの魂の姿
私たちが一般に「魂」と呼んでいるものも、この超越論的無意識のことと考えるといいと思います。つまり、魂が人間の経験的意識を作っているわけです。
ですから、ヌーソロジーの文脈では、素粒子とは時空に射影された私たちの「魂」の姿と言うことができます。
By kohsen • 01_ヌーソロジー • 0